シンポジウム「アンコール遺跡・バイヨン寺院を護る」

バイヨン修復現場から
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11月21日、国士舘大学アジア・日本研究センター、早稲田大学・日本政府アンコール遺跡救済チーム(JASA)、朝日新聞社、朝日新聞文化財団主催のシンポジウム「アンコール遺跡・バイヨン寺院を護る」が国士舘大学、世田谷キャンパスにて開催されました。

http://www.a-jrc.jp/2009/10/20091121.html

現在、バイヨン寺院では南経蔵の修復工事が進められているのと並行して、バイヨン寺院内回廊の浮き彫りを保存するための方法について研究が行われています。この研究の経過報告を行うのがこのシンポジウムの一つの大きな目的でした。

報告は、アンコール遺跡チームの代表である中川武教授(早稲田大学)に始まりました。アンコール遺跡群の特質からこれまでに行ってきた修復活動の報告、そして将来的な活動の方向性について示されました。

続いて、内田悦生教授(早稲田大学)より、アンコール遺跡群の石材を対象とした一連の研究成果、そして、浮き彫りの劣化の状況などについて報告がありました。

さらに、片山葉子教授(東京農工大)からは、石材に着生している微生物の同定や、石材に対する影響について研究結果の報告がありました。

休憩をはさんで、本シンポジウムの主催者である沢田正昭教授(国士舘大学)より、浮き彫りの保存方法に関するこれまでの試験経過と方針が示されました。

最後に、池内克史教授(東京大学)より、バイヨン寺院のデジタル記録についての取り組みについて、奈良からスカイプを使っての報告がありました。

こうした研究報告の後に、朝日新聞、天野幸弘氏を司会として、講演者5名に松井敏也(筑波大学)、下田一太(早稲田大学)を加えての総合討議を行いました。

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バイヨン寺院を訪れた方は、クメール軍とチャンパ軍の戦闘の場面を中心として、その最中に垣間見られる当時の日常的な生活風景などが描かれた外回廊の長大な浮き彫りに目を奪われます。その一方、当時の伝説や神話を題材として描かれた内回廊の浮き彫りは一般的な観光コースからは外れることが多く、あまり目立った存在ではありません。

実際、外回廊のように内容が明瞭ではなく、浮き彫りの表面が藻類や地衣類といった着生物に隠されてしまっているところが多いため、彫刻されている場面が分かりにくく興味をひきにくいという実状もあります。

しかしながら、様々な物語が各部屋毎に水平に流れるように展開している内回廊の浮き彫りは、ストーリーを思い描きながら眺めてみると、とても奥深いもので、見る人の心の有り様によっていろいろな解釈が可能です。過去の芸術作品を眺めながらも、自分自身の深層世界が浮かび上がるようです。

浮き彫りの修復保存は、技術的に様々な困難な問題を抱えており、長期的な視野に立ち、最前の手法を選択することは容易なことではありません。

研究の課題となるのは、

「浮き彫りはどうして劣化しているのか?」

「浮き彫りをどうやって記録したらよいのか?」

「浮き彫りをどうやって洗浄したらよいのか?」

「浮き彫りをどうやって強化・保存したらよいのか?」

「浮き彫りのある環境をどうやって改善したらよいのか?」

というような内容になります。アンコール・ワットでは過去に浮き彫りの保存処置が施された経緯がありますが、結果的にそうした処置が副作用をもたらし、さらなる修復を必要としているという実状があります。

こうした中、アンコール遺跡では、石材の保存処置は極めてデリケートな問題として扱われており、なんらかの処置を実施するためには、慎重な研究の積み重ねにもとづき、その保存方法が今日的にベストな解であることを実証しなくてはなりません。

さらに,今日的にベストな解が,将来に対してどこまで有効であるのかという,現実的にはこたえられないような問題をも突きつけられます。

このような困難な課題ですが、今回の各報告は、アンコール遺跡における各研究分野のまさに最前線を更新した内容であったといえるでしょう。

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