カンボジア雨季真っ直中

クメールの遺跡たち

ここ1週間は連日の雨。

カンボジアの雨と言えばスコールで,短時間にバケツをひっくり返し,バスタブをひっくり返し,25mプールをひっくり返したような,激しい雨が普通ですが,この度の雨は,日本の梅雨を思わせるようなシトシトとした陰気な雨と,この猛烈スコールを織り交ぜた変幻自在の長雨でした。

調査のために,シェムリアップとコンポントムを行き来していると,日に日に水位が高くなり,ついに先日,カンボジアの大動脈の一つ,国道六号線が冠水しました。

トンレサップ湖の北岸を走るこの国道は,南流する雨水を堰き止めるように土手上に延びていますが,北側に溜まった雨水が遂に国道のレヴェルを越えて,湖側に流れ込んだのです。

国道沿いには高床式の家屋が建ち並んでいますが,その多くが床下浸水で高床式の威力を存分に発揮しています。

道路しか地面がなくなってしまったため,人も動物も家か道路に集まります。牛・豚・犬・鶏などなど家に入れない動物たちは揃って道沿いに出て並んでいます。道路からは投げ網で魚を捕る人達,車が通過したときの飛沫を全身に浴びて楽しむちょっと危ない子供達,もうなにもかも嫌になったのか,それともこんな非日常が楽しいのか,道に椅子を並べてビールを飲むおじさん達。道には,生活があふれ出しています。

ここ国道六号線は12世紀にアンコール王朝の大王、ジャヤヴァルマン七世が整備した「王道」を20世紀前半に再整備した道です。この道について研究をしていた成果をようやく短い論文にまとめることができましたが、実はこれを執筆したものの、分からないままに取り残された課題も少なくありませんでした。

王道の途中にはラテライト造の橋がいくつか架けられていますが、この橋はある研究者によって二つの機能があると指摘されていました。一つはもちろん道を横断するため、そしてもう一つは土手状のこの道が雨水によって決壊するのを防ぐため、というものでした。後者の理由は、頭の中では理解されるものですが、なかなか実感がわかず、果たしてそんな目的が本当に必要だったのだろうか?こんな橋で貯水を放水することで決壊が防げたんだろうか?と疑問ではありましたが、今回の様子を見て、心底納得できました。

また、自分で提案しながら不安であった、この土手を道路と併せて灌漑施設に利用したのではないか、という仮説もまた、十分に確かそうだという手応えを得ることができました。

アンコール遺跡は「水の都」と呼ばれるほどに、様々な水利施設が、宗教施設と一体化して都市を形作っています。雨季と乾季に二分される環境において、雨水を年間を通じて再配分するための施設が作られたわけです。とうぜん、乾季の水不足を解消することが大きな課題ではあったと思いますが、あわせて、雨季に猛威をふるう雨水をどうやってコントロールするのか、という点もまた重要な点であったことでしょう。

サンボー・プレイ・クック遺跡にもいくつかの水利施設が確認されつつあります。これらの施設、いつもは見ていてもとても不思議です。ちょろちょろと流れるような小川に立派な土手が築かれ、水路が通され、貯水湖が設けられる。はたして、こんな施設がどれほど役に立ったのだろうか?と。

しかし、こうした自然の力強さを目の当たりにして、いつ来るとも知れない不測の事態に備えて公共施設が築かれたという様子が想像されます。年間を通じて恒常的に利用された施設と、突発的な災害時にこそ力を発揮する施設とが、ここには複雑に組み込まれていたようです。(一)

*文中の論文

下田一太、中川武「新旧の王都をつなぐ古道について-クメール古代都市イーシャナプラの構造に関する研究 その2」日本建築学会 計画系論文集,No.642, pp. 1867-1874.

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