バイヨン寺院 本尊仏の再安置プロジェクト その5

バイヨン中央塔の研究

バイヨン寺院の本尊仏、通常のクメールの石仏と比べてかなり大きなものである。

全高4.7m、下部1mの台座は切石を積み上げて構成されているが、その上のとぐろを巻くナーガの全体と座仏像の全ては砂岩一材よりなっている。

彫像は全体で約15トンという重量が概算されている。上部の一材だけでも10トンは下らない。

トルーヴェがこの石仏を発見した物語(その2)で紹介したように、この仏陀像は、複数の部材に破壊された状態で発見された。おそらく、当初は一材であった仏陀像とナーガは、大きく3材に破断しており、その他にも各所が小さな石片として砕けていたようである。

これがフランス極東学院によって接合、修理され、最終的に王宮前広場近くのテラスに移送、そして仏像を保護するための覆屋が敷設された。それから70年以上の月日が流れて今に至る。

この本尊仏をバイヨン寺院に復位したいと願っているが、しかし実際のところ、この石仏はこのように大きく、重い。これを複雑に入り組み、急な勾配の階段に阻まれたバイヨン寺院の中央まで運び上げることができるのか?ここでは、その難題に仮想的に取り組んでみたい。

1.本尊仏の原位置からの移動

覆屋の天井とこの石仏のナーガの頂部とは、ほとんど隙間が無い状況である。また、本尊仏が仮安置されたテラス周囲にはラテライトの周壁が巡らされている。

こうした条件にあるため、重機によって本尊仏を吊り上げることはできない。また、周囲に足場を組んで、滑車などによって吊り上げるスペースもない。

一つの可能性は、周囲に組んだフレームに10トンクラスのジャッキアップ数台を周辺に設置し、本尊仏の下半身をバランス良く持ち上げる。ここで、もし台座と一材よりなる上部のナーガ+仏陀の縁が切れて持ち上げることができたら、そのまま固定しておき、下方の切石積みよりなる台座を個別に解体する。

その後、仏陀像をテラス上にどうにかして下ろす。この時に、どうやって転倒しないようにバランス良く仏陀像を下ろすのか、難しいところ。

その後、これをテラスから下ろす際にも、人力での移動は厳しいことが予想される。確実な方法は、周壁の一部を解体し、重機を内部に持ち込むことである。ただし、カーゴトラックやミニクレーンではスペックが足りないため、ラフタークレーンの出動が求められる。

ようやく、こうして吊り上げて、近くに待機するトラック上に積み込み、彫像の修復現場へと移動が完了する。もちろん、一度解体した周壁を再構築するのを忘れてはならない。

2.彫像の修復

発見された当時の、バラバラになった各部材毎の写真や図面が残されていないため、彫刻各部がどのようなパーツに破断していたのか定かではない。彫像には接合の石目地が走っているが、どことどこの線が繋がって、どこまでが一材であるのかどうか・・・など、外観からは確かなことは判らない。

修復にあたって、ベストなのは、過去に接合された各パーツをもう一度解体した後、再び修理して組み直すという方法である。もし、これが可能なら、バラバラにした各パーツ毎にバイヨン寺院内に移動することもできる。

さて、当時の接合処理にあたっては、鉄筋などが内部に配されている可能性が高い。こうした配筋を確認するために、電磁波レーダーで調査したところ、光背部に少なくとも4本の鉄筋が使用されていることが確認された。あるいは、5本であるかも知れないが、もう一本の有無はレーダーの画像から正確に読みとることはできなかった。この調査に用いた計器は、曲面での使用には限界があるため、仏陀像前面の複雑な形状にある部分は十分な確認は困難である。

しかし、重要な点は鉄筋が使用されていたことが確認されたことにあり、このために、修復の難易度はかなり高まったと考えて良さそうである。

この彫像の修復のポイントは次の三点。

a) 接合箇所の目地充填モルタルを交換し、石材に影響をあたえず、また見た目にも違和感のないものに修正する。

b) 彫刻表面の欠損箇所を補填しているモルタルを交換する。石材よりもかなり暗い色のモルタルが使用されているため、これを交換することで見栄えはずいぶん改善されることが期待できる。

c) 内部接合の鉄筋の交換。ステンレススチールやカーボンファイバー製のピンに交換することで、より長持ち、石材にも優しい材料となる。

ただし、各パーツに解体することができなかった場合にはaとbのみの処置となり、またaについてもどこまで充填材の交換ができるかは確かではない。

もしも,解体ができ,かつ組み立て処理を中央塔室内でできるとすれば,この後の移動作業は各パーツ毎に行う可能性も得られる。

3.バイヨン寺院中央祠堂への移動

これが一番の難題である。大きなハードルは、

①外回廊をどうやって越えるか?

②内回廊をどうやって越えるか?

③中央テラスにどうやって引き上げるか?

④中央テラス上をどうやって移動するか?

⑤狭い中央塔群の室内をどうやって移動するか?

⑥狭い中央の部屋でどうやって据え付けるか?

つまり、全ての行程が大きなハードルなわけである。考えられる可能性は以下の通り。

まず、なんらかの素材で石仏を養生する。移動中にぶつけても、落としても大丈夫なような保護をする必要がある。石仏そのものが重いので、さらに重くなってしまうような素材は避けたい。発泡ウレタンのようなもので周囲を包んでしまうのが良いかも知れない。

①外回廊西側の外ギリギリに設置したラフタークレーンで、外回廊の内部に吊り上げて移動する。と、いう方法がとれれば楽だが、実際には、外回廊の基壇に設置したクレーンから壁体の内側までは約15mの距離があり、この場合、当事業で所有している30tクレーンであっても3.8トンまでしか吊り上げることができない。10トンであれば、だいたい8m程の作業半径しかカバーできない。このため、外回廊の基壇の上に載せるのが精一杯であり、そこからは西門を通過して移動しなくてはならない。この時、おそらく外回廊西門から内回廊の西門外側には足場を組み、内部に向かってやや傾斜をつけた平らな面を作った上で、コロを使って石材を移動することになるだろうか。


②内回廊を越えるとの③中央テラスに上げるのは、一つの作業と見なした方が良さそうだが、これは相当な難題である。内回廊西門から中央テラスまで一直線の急勾配の階段を上げることはまずできない。特に内回廊西門を通過して、テラスの階段に差し掛かったあたりの、狭いスペースではとても大がかりな作業は難しい。


       

一つのアイデアは、内回廊の外側からこの回廊の屋根を越えてテラス上面を繋ぐ、大規模な足場を架けてしまう方法があろう。足場の上には5tクラスの滑車を数台設置してこれで徐々に吊り上げる。恐ろしいのは、内回廊の屋根の上に架けられた足場を移動する作業だろう。果たしてこのアクロバティックな移動が実現するのかどうか。


④中央テラス上の移動。やはり水平面での移動はコロを使った移動になるだろうか。テラス上には土を詰めた土嚢袋を敷き詰め、その上に鉄骨でレールを敷き、その上をコロを転がすように移動していく。

⑤中央塔群室内には西側の副塔から入る。やはり室内は土嚢袋を何重にも敷き詰め、水平に配置したレール上を転がしながら移動する。仏陀像の横幅は最も小さいところで1.3m。室内の扉の幅もほぼ同寸。少しでもぶれたら、壁体にぶつかってしまうし、塔にとっても石仏にとっても危険な作業。

⑥おそらく中央の部屋に据え付けるのが最も困難な課題。これまでの過激な場面は見られないだろうが、地味に難しく、慎重な作業が求められる。狭い室内は、本尊仏が移送されてきた段階ではすでに床面の整備を終え、十分な基礎が準備されている必要がある。これについては、また別のところで説明する必要があるが、とにかく、構造的に現状の床面上に直接仏陀像を設置するともたない危険性がある。本尊仏の上部一材は、切石積みの台座の上に据え付けられるが、おそらく台座を先に据え付けておいて、その状態で上部の一材を持ち込むと、狭いスペースで詰まってしまうことが予想される(厳密にシミュレーションする必要があるが・・・)。そのため、まずは、仏陀+ナーガの一材を室内に運び込み、それから室内に設置した足場か、なんらかのフレームによって室内上空に吊り上げておく必要がある。その後、室内には台座の石材を運び込み、新たに強化した床面上にそれらの台座を配置する。そうして安定した台座ができたら、その上に吊り上げていた仏陀像を下ろして据え付けることになる。

これでようやく安置完了。。。

このままでは、背の高い仏陀像の上半身は暗闇に消えてしまうので、軟らかい照明をあてる方が良いだろう。太陽電池で照明の電力は充電しようか、あるいは、ロウソクの光でも良いかも知れないが、メンテナンスが大変なことが予想される。また、仏陀像には木製の天蓋を架けたい。コウモリの糞尿から身を守るため、そして何より御本尊の格に見合った調度を施したい。

さて、これら一連の作業。ベターな解法が見つかる可能性もあるだろうが、いずれにしても難事業であることは間違いない。相当な準備とそれなりのリスクを負って、再安置することができるかどうか。

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