8月末から9月初めにかけてコンポン・チャム州のクメール遺跡の岩石学的調査を行いました。
早稲田大学教授の内田悦生先生を中心として、学生の豊内謙太郎と津田幸次郎、建築学専攻の島田麻里子、下田の5名が文化芸術省に所属するビタロン氏による案内のもとに主要な遺跡をまわりました。
調査では主に砂岩・ラテライト・煉瓦を対象とし、各建材の化学組成、帯磁率、形状などを寺院の各所で確認し、アンコールの広大な版図内における石材の供給源と寺院の空間的な関係、時代的な建造技術の変遷、各寺院の建造時期や増改築について検討しました。
今回はコンポン・チャム州を調査対象に選定しましたが、同様の調査を今後カンボジアの各州にて順次行っていくことを計画しています。
以下に調査で訪れた主要遺跡の概要をお伝えします。
1.Vat Nokor Bachey
コンポン・チャム州の中心地に隣接したバイヨン時代の大型寺院です。アンコール地区の仏教寺院と同様に、後世にヒンドゥー寺院に改修された際の改変の痕跡が認められることに加えて、さらにその後に大乗仏教化した際にも大規模な改造の手が加わりました。一般的に後世の仏教化は施工水準が著しく低下しますが、この寺院では比較的高い精度で改造が行われています。中央祠堂の前面には近年に造り付けられた拝殿が配されていますが、壁面に描かれている仏伝図と中央祠堂の破風飾りのモチーフに共通するものが認められるなど、ポストアンコール期の作例が今に伝わっている様子を窺い知ることができます。
また、寺院の前方には大型の貯水池が残されており、他の貯水池ではあまり見られない興味深い取水構造が確認されました。
2. Kok Preah Theat
メコン川に面した小丘の麓に位置した安山岩の小祠堂です。近年、文化芸術省によって解体再構築修理が行われました。工事の際に付近より別の建物を構成するまとまった建材が出土しており、それらの部材が祠堂の脇に保管されています。プレ・アンコール期の寺院で、クメール建築の中でも、特にインド的な雰囲気を色濃く残しており、最初期の建物であったことが窺われます。基壇や屋根の頂部の形式、そして室内に安置されている台座などは特にクメール建築を見慣れていると違和感のある作例となっています。各部材には複数のほぞや鎹の痕跡が残され、工法の面からも特徴的です。
タケオ州にプノム・ダ遺跡のアシュラム・マハ・ロセイと呼ばれる小祠堂があり、この寺院もまた安山岩でできていますが、ここメコン川の付近に元々建立されたものが移築されたという説もあります。双方共にプレ・アンコール期の寺院ですし、こうした説もあながち否定できないかもしれません。
3. Han Chey
前述のコック・プレア・ティエットの小丘の頂にある遺跡です。煉瓦の祠堂と砂岩製の箱形建物が良く残されています。いずれもサンボー・プレイ・クック遺跡の細部装飾と極めて類似した彫刻の作風であり、個人的には同一の彫刻師の作品ではないかと思われる文様が多々認められます。と同時に、ワット・プーやタラボリバット遺跡に認められるモチーフも加わっており、両地区の移行期に造営されたことも窺われます。建築的に興味深いのは箱形の建物で、サンボー・プレイ・クック遺跡のN17遺構に類似しています。N17遺構は過去の発掘調査によって、煉瓦の床面が周囲に確認されており、木造の覆屋があった可能性が指摘されていますので、ここでも同様に入れ子状の建物の内部に納められていた建物であったことが推測されます。周囲には一回り大型の扉材なども残されていますので、煉瓦造の祠堂であったのかもしれません。こうした板状石材を細工して組み合わせた遺構としては、ストゥントレンのメコン川西岸の民家の敷地内に全壊した状態で確認したことがありますが、貴重な残存例であることは間違いないでしょう。
しかし、これらの寺院が残されているパゴダはやたらに奇怪なオブジェが沢山残されており・・・。ハンチェイ・リゾートと銘打ってありましたが、メコン川が一望される雄大な風景の中に築かれた、もはやこの世のユートピアなのかもしれません。
続く。(一)
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