JSTは
遺跡周辺に暮らす
村の人々と共に活動しています

JSTの活動

JSTでは遺跡と村の共生を目指し、人材の養成、インフラ整備、子供たちへの教育支援など、様々な活動を行なっています。

インフラ整備:
村落内に必要な道路や橋,学校などの公共施設を建設しています。
人材の養成:
これからカンボジアの遺跡を保存や、地域の未来を担う人材を養成。
小規模事業の立ち上げ:
地域の特色を活かした村落内で運営可能な小規模の事業を立ち上げ、その利益を地域に還元する仕組みを作ります。
子供たちへの教育支援:
教育環境を充実させるとともに、未来を担う子供たちが、広く世界に触れる機会を創出していきます。
環境保全活動:
遺跡と地域と自然が共生する場を目指し,植林活動や環境教育を行っています。

JSTの活動地域

JSTはカンボジア国内の遺跡と、その周辺の農村地域で活動しています。

カンボジア全土地図
アンコール遺跡群周辺地図
>>アンコールクラウ村とは

 12世紀末から13世紀にかけて建造された,アンコール王朝の中心都市「アンコール・トム」の北門から約1kmのところにあり,古代の都の環濠に沿って東西に延びている村です。「アンコール・クラウ」とは「アンコール(都)の外」という意味。アンコール・トムが王都だった時代には,都の内側,王宮のすぐ近くに村を作り,生活していたそうです。しかし,ある時村出身の女官が王の寵愛を失って(王宮の女官を襲った者が村出身だったとも言われていますが)村全体が都の外側に移住しなければならなくなってしまった,という伝承が残っています。

 アンコール地域の中でも遺跡との距離が最も近い村であり,多くの村人が遺跡の保存修復や清掃活動などに従事しています。JASAでも現場の作業員を指揮する棟梁・副棟梁をはじめ,およそ9割の作業員がこの村の出身です。また,遺跡周辺でお土産を販売している人々の中にもクラウ村の方が多いようです。都市に近いためか,一家族当たりの農地面積が小さく,副業が家計の貴重な支えとなっている家庭が多いという現状もあります。そんな中で,遺跡に関係する事業は,村にとっても重要な副業のひとつであると言えます。

JASA(日本国政府アンコール遺跡救済チーム)では,将来この村から遺跡の保存修復や保全に関わる人材を輩出する仕組みを作りたいと考えています。さらに,遺跡の保存修復を基盤とした村づくりを実現することで,地域をあげて遺跡を護り,それが地域に様々な利益をもたらす仕組みづくりへの挑戦を,村人とJSTが一体となって行っています。

>>その他、JST、JASAが関わっている地方の大型遺跡
◆サンボー・プレイ・クック -Sambor Prei Kuk-

 7世紀の始め頃に建立されたと伝えられるサンボー・プレイ・クック遺跡群(シェムリアップより約3時間)。アンコール・ワットより約500年以上も前に、主要な遺構が建立され、サンボー様式という独自の特徴を持つ煉瓦造りの寺院群と古代都市が残されています。

 最盛期にはおよそ2万戸の家が建っていたと中国の史料に記述されており、東南アジアで当時最も大きな都市だったのではないかといわれるこの遺跡は、クメール民族による最初の統一王朝が誕生した場所とも考えられています。

 この遺跡の構造や建物の彫刻には,当時の文化大国であったインドや中国の影響が色濃く表れています。大きな耳飾りをした女性、巻き髪で口ひげを生やした男性などの人物像からは、インドやさらに西方の地域との交流をもつ国際色豊かな当時の社会がうかがわれます。

 また、3方を人口の濠に、1方を天然の河川に囲まれた四角形の古代都市は、中国の影響を受けている可能性もあります。長い参道や寺院群を区画する周壁などはクメール文化の歴史の中でも、ここサンボー・プレイ・クックに初めて出現した建築的な特徴です。

◆コー・ケー -Koh Ker-

 シェムリアップの街より約2時間、アンコールから北東へ約90kmに位置するコー・ケー(Koh Ker)遺跡群は、10世紀前半にジャヤヴァルマン四世(921/928-941)がそれまでの王都であったアンコールの地から一時的に遷都した王都チョック・ガルギャー(Chok Gargyar)であるとされています。この遺跡群ではラハール(Rahal)と呼ばれる長方形のバライ(貯水池)を中心として、およそ35㎢の範囲に様々な寺院遺構や灌漑施設が点在しています。

 20年間という短命の王都であったにも関わらず、プラサート・トムという高さ36mにおよぶ巨大なピラミッド型の遺構を備えた護国寺院を中心に、大型の石材を使った壮大なスケールの宗教都市が広がっています。また、この新天地で花開いた美術様式は「コー・ケー様式」と呼ばれ、量感と躍動感にあふれた彫刻やレリーフは、クメール芸術の中でも傑作と言われるものが多く存在します。

◆プレア・ヴィヘア -Preah Vihear-

 プレア・ヴィヘアはシェムリアップから約4時間、カンボジア北部、タイの国境となるダンレック山脈の断崖絶壁に位置します。この寺院の頂上部からは、カンボジアの大地を一望することができます。2008年にはアンコール遺跡群につづき、カンボジアで2件目の世界遺産として登録されました。 この寺院はスールヤヴァルマン一世(1002-1049)により建設が開始されたといわれていますが、それよりも前から、聖地として大切にされてきた場所でした。その後の王たちによって度重なる増築が行われ、現在では山の斜面に全長800mにわたる寺院が形成されており、参道には5つのゴープラ(楼門)が配置され、頂上の中央祠堂へと誘います。クメール文化において最も大切にされてきた「聖山信仰」を体感できる遺跡といってよいでしょう。

※この遺跡はカンボジア―タイの国境問題により入場が閉鎖される場合がありますので、訪れる際は事前にご確認ください。

◆プレア・カーン -Preah Khan-

 アンコール遺跡の東120km(シュエムリアップより約4時間)に位置するコンポン・スヴァイの大プレア・カーンは一辺約4.5kmの環濠をもち(アンコール・ワットの4.7倍の面積)その巨大な周壁を含めれば、地方寺院の中で最大の規模を誇る寺院です。これまではアクセスの不便さにより、訪問が困難でしたが、最近の道路整備によって、一般観光客も訪れることができるようになりました。スールヤヴァルマン一世(1002-1049)の時代に建造がはじまり、その後アンコール・ワット期からバイヨン期にかけて3度にわたり増築されたことがわかっています。

 プレア・カーンの東に位置するプノン・ダエック山脈は古代より鉄の生産地として栄え、「クーイ族」という民族がこの鉄の製法を独占し、アンコール帝国の繁栄を支えてきたといわれています。プレア・カーンは鉄の一大生産地として、国の重要な拠点であったようです。

 環濠内には、中央の寺院の他にも大小さまざまな寺院、溜池が確認されており、製鉄所跡も見つかっています。

 様々な様式の装飾や建築が混在する姿は、この寺院がアンコール帝国期を通じて重要な拠点であったことを物語っていますが、最外周壁へと続く参道に刻まれた装飾彫刻に代表されるように、この地方独特の装飾も数多く見られます。

◆ベン・メアレア -Beng Mealea- 寺院

 ベン・メアレア寺院はシェムリアップの街から約1時間、王都アンコールの東約40kmに位置する大型の複合寺院です。現在では建築・美術史研究により、一般に「アンコール・ワット様式」(12世紀前半)の建造物の一つと見なされています。

 この遺跡群の最大の特徴は、それがアンコールから東へ延びる古代の街道沿い、東西−南北の交通の十字路に建立されたということです。採石や,クーレン山中あるいはさらにその北方の王道沿いにある後背地に産する様々な特産物とトンレサップ湖の恵み、あるいは海洋交易品とを交換するための交流地点としてベン・メアレア周辺が商業的・軍事的にも重要な拠点であったと考えられます。

 この寺院は何といっても、遺跡が発見された当初の面影をそのままのこしていることでしょう。深い緑と巨木が寺院全体を包み、神秘的な空間をつくりだしています。